【社労士が解説】「私は指導しただけ」と反発する問題社員の認識を修正し、円満退職を成立させる3つの鉄則

結論:パワハラ社員のいきなり解雇は危険!必要なのは合意退職

中小企業の経営者様から、不機嫌な態度や理不尽ないじめを繰り返し、周囲の従業員を次々と退職に追い込む問題社員についてご相談を受けることがあります。

職場の環境を守るため、すぐにでも辞めさせたいと考えるのは当然です。

しかし、このような社員をいきなり懲戒解雇することは、企業にとって非常に大きな法的リスクを伴います。

問題社員を適法かつ安全に会社から離れさせるための最適な手段は、解雇ではありません。

適正なプロセスを踏んだ上での、退職勧奨による合意退職を目指すことが会社を守る最善策です。

裁判所はパワハラを理由とした解雇に厳しい

パワハラや新人いじめの事実があったとしても、過去にその社員に対して明確な指導や懲戒処分を行っていない場合、日本の裁判所は解雇を無効と判断する傾向にあります。

実際に、連日にわたり大声で部下を叱責し、複数の退職者や精神疾患の罹患者を出した大学教授のケースでも、懲戒解雇が無効とされています。 裁判所は、過去に懲戒処分歴がないことや、ハラスメントの内容や回数が限定的であることなどを理由に、いきなりの解雇は重すぎると判断しました。

高額な賠償リスクを回避するために

もし懲戒解雇が無効と判断された場合、会社は解雇した時点に遡って、これまでの未払い賃金を一括で支払うことになります。 裁判例を見ると、その賠償額が1700万円から1900万円に上るケースも珍しくありません。

組織の存続に関わる大量退職が起きている状況であっても、経営者は感情的な解雇を避けるべきです。 冷静に事実関係を調査した上で、退職の合意を取り付けるプロセスを踏む必要があります。

企業への影響と放置した場合のリスク

パワハラ社員を放置することは職場の崩壊を招きますが、対応を間違えれば問題はさらに長期化し、取り返しのつかない事態を引き起こします。

次々と人が辞める連鎖退職の恐怖

仮想ケースとして、あるクリニックで10年以上勤務するベテラン事務員が、入社してくる新人に対して冷たい態度やきつい叱責を繰り返す事案を想定します。 この結果、新人が次々と辞めてしまい、常に人手不足の状態に陥ります。

周囲の従業員は、次は自分がターゲットにされるのではないかと恐怖を感じ、職場の雰囲気は著しく悪化します。 事業規模が小さい企業ほど、問題社員と他の従業員を長期間引き離して勤務させることが難しいため、対応が遅れれば真面目な従業員から見切りをつけられ、連鎖退職を引き起こします。

認識の歪みがもたらす問題の長期化

このような問題社員に共通しているのが、自身の言動がパワハラであるという自覚がないという点です。

成果を出すために厳しく育てるのは当たり前だ、あれくらい耐えられないのは甘い、あるいは自分は親切に指導してあげている、といった認識の歪みを持っています。 そのため、会社から退職を打診されても、なぜ自分が辞めなければならないのかと反発し、解決が困難になります。

また、自覚がある場合でも、自分は会社にとって重要な立場だから、会社は厳しい処分をしないだろうと高を括っているケースがあります。

実務対応策:円満退職に導くためのプロセス

問題社員と退職合意を成立させるためには、まずこの認識の歪みを修正し、会社の本気度を伝える必要があります。

失敗しないための「対応手順」と裁判例の教訓

トラブルメーカーに納得して去ってもらうには、彼ら自身の自分は悪くないという思い込みを打ち砕く必要があります。そのための手順を間違えると、事態は泥沼化します。

裁判例に学ぶ「本人聴取なき退職勧奨」の危険性

ここで絶対に避けるべきなのが、本人からしっかりと言い分を聞く前に、いきなり退職を迫ることです。

実際にあった社会福祉法人ファミーユ高知事件では、10名以上が退職する異常事態を受け、会社側が周辺スタッフへのヒアリングを実施しました。

しかし、トラブルの原因とされた行為者本人から十分に事情を聴取しないまま、退職を促してしまったとみられています。 これに反発した本人が退職を拒否したため、会社は慌てて第三者委員会を設置して調査し、懲戒解雇に踏み切りました。

しかし裁判所は、この解雇を無効と判断しました。

本人からすれば、自分の言い分を聞く前に辞めろと言われた時点で会社の対応は不公正に映ります。

その後の調査も「どうせ退職させるための結論ありきだろう」と不信感を抱かせ、徹底的に争う姿勢を固めさせてしまったのです。結果として、会社は1700万円を超える支払いを命じられることになりました。

実務で徹底すべき「6つの対応ステップ」

このような大失敗を防ぎ、客観的に事実を積み上げるためには、以下の6つの手順を順番通りに、一つも飛ばさずに進めることが不可欠です。

1. 被害者からのヒアリング

まずはハラスメント被害を訴えている当事者から、具体的な被害状況を詳しく聞き取ります。

2. 行為者への「調査開始」の通達

次に、トラブルメーカー本人を呼び出し、これから社内で公式な調査を実施することを伝達します。

この時点で、被害者への接触や口止めなどの報復行為を固く禁じます。

3. 周辺スタッフからのヒアリング

当事者以外の周囲の従業員からも、いつ、どこで、何があったのかを広く集め、情報の偏りをなくします。

4. 行為者本人からのヒアリング

周辺の証言が固まった段階で、満を持して行為者本人から言い分を聞き取ります。

ここで初めて双方の主張が出揃います。

5. ハラスメントの事実認定

集まった証言や証拠をもとに、会社としてパワハラやいじめが存在したかを客観的に判断します。

6. 調査結果の通達と次のフェーズへの移行

本人に調査結果を伝え、ハラスメントが認定された場合は懲戒処分の手続きに入ります。

その流れの中で、雇用の継続が難しいと判断したタイミングで退職勧奨へ切り替えます。

退職を決意させる「懲戒手続き」の正しい進め方

調査でハラスメントの事実が裏付けられたら、いきなり肩たたきをするのではなく、社内ルールに基づいた懲戒処分に向けたアクションを起こします。この厳格な手続きそのものが、相手に退職を決意させる強力なプレッシャーとなります。

書面を用いた厳格な5つのステップ

懲戒処分を進める際は、口頭でのやり取りを避け、以下の手順で記録を残しながら進めます。

1. 弁明通知書の作成

問題となった具体的な言動を書面に整理し、どのような懲戒処分の対象になり得るかを明記した通知書を作成します。

2. 弁明書の提出要求

本人を呼び出して懲戒処分を検討している旨を告げ、弁明通知書を手渡します。

そのうえで、期限を区切って本人からの反論(弁明書)の提出を求めます。

3. 処分の決定

本人の弁明内容を精査したうえで、最終的な懲戒処分の重さを決定します。

4. 処分通知と始末書の提出

懲戒処分通知書を交付し、会社の決定を通達するとともに、始末書の提出を命じます。

5. 社内への公表

必要に応じて、社内の秩序維持のために処分内容を公表します。

手続きの途中で退職合意を引き出す

実は、退職勧奨で問題を解決する場合、上記の5つのステップを最後までやり切る必要はありません。

ステップ2の弁明を求める段階などで、相手は会社が本気で自分を罰しようとしていると肌で感じます

自分が会社にとって重要な存在だという思い込みが崩れ去り、自分の居場所はもうないと自覚し始めるのです。

この認識が変化した最適なタイミングを見計らい、一定の解決金(退職金の上乗せ)や会社都合での退職処理といった譲歩案を提示します。正式な処分が下される前に、有利な条件で身を引くという選択肢を与えることが、裁判沙汰を避けつつ確実に縁を切るための実務上の最適解です。

広範囲かつ公正なヒアリング調査の実施

いきなり退職勧奨を行うのは悪手です。

まずは、会社としてパワハラを許さない姿勢を示し、公正なヒアリング調査を実施します。

被害者だけでなく、周囲の従業員からも広く事情を聴取し、いつ、どのような場面で、どのような言動があったのかを具体的に特定します。 過去に遡って調査を行うことや、ヒアリング対象者と行為者との人間関係によって結果が歪まないよう、弁護士や社労士などの外部の第三者が調査に関与することが非常に有効です。

調査期間中のトラブル防止策

調査を進める中で、行為者が口裏合わせをしたり、協力した従業員に報復したりするリスクがあります。

これを防ぐため、調査期間中は被害者と行為者の勤務を分離した上で、厳格なルールを設けます。

行為者に対して、被害者への接触、ヒアリング対象者からの情報収集、および一切の報復行為を固く禁じる旨を明確に伝達します。

この毅然とした対応が、行為者に対してこれまでの状況とは違うという会社の姿勢を認識させる第一歩となります。

懲戒手続きを背景とした退職勧奨のタイミング

調査によってパワハラの事実が確認された場合、調査結果を行為者に伝え、弁明の機会を与えた上で懲戒処分の手続きを進めます。

この公正な調査と処分検討のプロセスを経ることで、行為者は自分の言動が会社で全く受け入れられないことをはっきりと認識します。 認識が変化し、退職の合意に至る土壌が形成された最適なタイミングを見計らいます。

その段階で、相応の退職金を提示し、会社都合退職として扱うなどの条件を示して退職勧奨を行います。

これにより、訴訟リスクを回避しながら円満な退職を実現できるのです。

企業が今すぐ確認すべきポイント

社内に問題社員の兆候が見られる場合、企業は迅速かつ慎重な初動対応が求められます。

対応チェック項目

貴社で同様のトラブルを防ぐため、以下の項目を今すぐ確認してください。

・退職者が特定の部署や特定の上司の下に集中していないか

・過去の問題行動に対して、口頭だけでなく書面での指導記録を残しているか

・ハラスメントの相談があった際、迅速に事実確認を行う社内体制が整っているか

・ヒアリング調査の際、報復を防ぐための隔離措置や口止めを徹底しているか

・いきなり退職を迫るのではなく、調査と処分のプロセスを踏む準備があるか

社労士が関与するメリット

問題社員への対応は、社内の人間だけでは情が絡んだり、手続きの適法性に不安が残ったりすることが多くあります。

全国対応の社会保険労務士事務所である弊所が関与することで、外部の専門家としての公正なヒアリング調査の実施が可能です。 適法な懲戒手続きのアドバイスから、退職勧奨に踏み切る最適なタイミングの見極めまで、経営者を総合的にサポートします。

これにより、経営者の心理的負担を大幅に軽減し、安全かつ適法な問題解決を効率的に進めることができます。

まとめ

パワハラやいじめで周囲を退職に追い込む社員への対応は、企業の存続に関わる重大な課題です。

焦っていきなり解雇を言い渡すことは、多額の賠償リスクを抱える危険な行為です。 重要なのは、公正な調査を通じて事実を確定させ、社員の認識の歪みを修正した上で、合意による退職を目指すことです。

自社のみでの対応が難しいと感じた場合は、問題が深刻化する前に、まずは現状確認から弊所へご相談ください。 適切な実務プロセスで、貴社の職場環境を守るサポートをいたします。