【能力不足・問題社員】解雇できないなら減給できる?裁判所が重視する「規定・評価・賃金テーブル」の3つの柱
こんにちは。社会保険労務士のなわです。
「問題社員を解雇できますか?」 企業からこのような相談を受けることが多くありますが、
日本の厳しい解雇規制の下では、今の事実関係だけで解雇すれば無効となるリスクが高いのが現実です。
では、「解雇は無理だとしても、仕事に見合わない賃金を下げることはできないのか?」 かつては減給もハードルが高いとされていましたが、近年の裁判例を分析すると、ある条件が揃っていれば、能力不足や成績不良を理由とした減給が有効と判断される事例が増えています。
その条件とは、規定+評価制度+賃金テーブルの3点装備が整っており、それが従業員に周知されていることです。 本稿では、最新の裁判例のロジックに基づき、法的に有効な減給を行うための実務ポイントを解説します。 (※本稿で解説するのは、懲戒処分としての減給ではなく、人事評価に基づく減給についてです)
なぜ今、減給の仕組みが必要なのか
減給制度は、単に人件費を下げるためだけのものではありません。
会社全体の活性化や、実は従業員側にもメリットがある仕組みです。
1. 賃上げのため 一度上げたら下げられないという心理的抵抗があると、
経営者は思い切った賃上げができません。下げる仕組みがあるからこそ、積極的な賃上げが可能になります。
2. 若手の抜擢人事 年功序列で高止まりした給与を適正化できれば、その原資を若手の抜擢人事へ回し、組織を活性化できます。
3. 高齢化社会への対応 加齢により意欲や健康状態が低下した場合、減給する仕組みがなければ雇用を維持することが難しくなります。雇用を守るためにも調整弁が必要です。
4. パワハラ防止 給料泥棒といったパワハラ発言は、給料分の働きをしていないという苛立ちから生まれます。評価に応じて賃金が適正に下がれば、上司の意識も変わり、パワハラの予防につながります。
裁判所が認める3点装備とは
減給を有効を行うためには、以下の3つがセットで整備されていることが不可欠です。
1. 規定(就業規則・賃金規程)
2. 評価制度
3. 賃金テーブル(周知されていること)
これらがどのように機能するか、実際の裁判例(ビジネクスト事件・東京地判令和2年)を見てみましょう。
この事例では、従業員10名規模の企業で明確な評価制度がなかったにもかかわらず、大幅な減給(月給36万円から28万円)が有効とされました。
1. 規定:最低限の根拠が必要
ビジネクスト事件では、明確な減給規定はありませんでしたが、以下の条文が存在していました。
• 給与改定は基本給を対象に……勤務成績を査定して決定する
• 会社は必要に応じ臨時の給与改定を行うことがある
詳細なルールがなくとも、このように査定により改定する、臨時に改定することがあるという根拠が就業規則にあることが大前提です。
2. 評価制度:仕組みの確立
完璧な評価シートがなくても、仕組みとして確立しているかが問われます。
ビジネクスト事件では規程上の明確な評価制度はありませんでしたが、営業成績(売上・利益ゼロ、契約件数ゼロ)や、指導しても改善が見られない事実、社長への暴言といった具体的な減給理由が存在していました。
また、別の事例(末日聖徒イエス・キリスト教会事件)では、勤怠不良、ミス、資格不取得などの事実に基づき、毎年点数がつけられていたことが有効性の根拠となりました。
3. 賃金テーブル:最も重要なのは周知
ビジネクスト事件で裁判所が重視したのは、役職や職務内容に応じた賃金テーブルが存在し、社内LANで従業員がいつでも確認できたという点です。 等級(役職)が下がれば、賃金テーブルに従って給与が下がるということが明確で、かつ従業員に知らされていたため、大幅な減給でも有効と判断されました。
逆に、山佐産業事件(東京地判平成30年)では、減給が無効とされました。その最大の要因は、賃金テーブルが会社の一方的なもので、就業規則として周知されていなかった点にあります。 隠しテーブルでは、減給は認められません。

見本となる減給の実務(あんしん財団事件)
減給制度を導入・運用する上で見本とすべき事例が、あんしん財団事件(東京地判平成30年)です。 この事例では、2割以上の大幅な減給が有効と判断されました。そのポイントは激変緩和措置とルールの明確化にあります。
規定と評価の連動
この事例では、以下のように規定が整備されていました。
• 人事考課の結果、必要なときに降給を行うことがある
• 降格した場合の給与は、降格したグレードの下限額とする
• 評価制度:MBO(目標管理)や行動考課など、評価基準が比較的明確であった。
激変緩和措置(調整給)の導入
いきなり給与を大きく下げると生活への打撃が大きいため、以下の配慮(激変緩和措置)が行われていました。
• 10%キャップ制:降格による減額が10%を超える場合は、調整給を支給して緩和する。
• 段階的な減額:調整給は2年間支給し、3年かけて消滅させる(徐々に本来の額へ近づける)
このように、対象従業員の生活等を踏まえて減額幅を小さくしたり、期間を設けたりすることは、減給の有効性を高める大きな要因となります。

導入時の注意点:不利益変更と仕組み
これから新たに減給制度を導入する場合、労働条件の不利益変更に該当するため、原則として従業員の同意が必要です。 しかし、全体の人件費原資を減らさず、配分を変更する(頑張る人に報いる)目的であれば、合理性が認められる可能性があります。
重要なのは、特定の従業員を狙い撃ちにするのではなく、減給を行う仕組みが会社として確立しているかです。 仕組みが確立していれば、自然と規定や賃金テーブルは従業員に周知されますし、評価も定期的に行われるはずです。

まとめ
裁判所は、能力不足社員への減給について、以下の要素を総合的に見て判断しています。
1. 規定・評価・賃金テーブルの3点が揃っているか。
2. 特に賃金テーブルが従業員に周知されているか。
3. 激変緩和措置(調整給)などで、生活への影響に配慮しているか。
解雇は無理でも、適正な賃金までは下げたい。
そう考える経営者様は、まず自社の賃金テーブルがオープンになっているか、そして降格と連動しているかを確認することから始めてください。



