【社労士解説】セクハラ・パワハラがあっても労災認定されない?介護施設の裁決事例から学ぶ、中小企業のハラスメント対応

「従業員からセクハラやパワハラの相談があったが、どう対応すればいいか分からない…」
「メンタル不調で休職者が出た。労災申請されたらどうしよう…」

こんにちは。社会保険労務士の縄です。

近年、職場のハラスメントに対する意識は高まっていますが、中小企業の経営者様や担当者様からは、具体的な対応方法についての悩みを多く伺います。

実は、ハラスメント行為が職場であったとしても、それが自動的に「労災(業務上の災害)」と認定されるわけではありません。

今回は、介護職員が上司からのセクハラやパワハラによって精神障害(適応障害)を発病したと主張したものの、最終的に「業務外」と判断された労働保険審査会の裁決事例 を取り上げ、中小企業が本当に取るべき「ハラスメント対応」のポイントを専門家の視点で解説します。


どのような事例だったのか?(概要)

まずは、どのような事案だったのかを簡単にまとめます。

  • 業種・職種: 介護施設で働く介護職員(請求人)
  • 主張: 平成○○年○月頃から始まった上司Gからのセクハラ(手を握られるなど)やパワハラ、さらに会社に相談しても1年以上放置されたことが原因で精神障害(適応障害)を発病した として、休業補償給付(労災)を請求しました 。
  • 行政の判断: 労働基準監督署長は「業務上の理由とは認められない」として、休業補償給付を支給しない処分を決定しました 。
  • 争点: この処分を不服とした職員が審査請求(不服申立)を行い、最終的に労働保険審査会で「この精神障害が業務上の事由によるものか否か」が争われました 。

最終的な結論:業務外(請求棄却)

労働保険審査会は、労働基準監督署長の処分は妥当であるとして、職員の請求を棄却しました。

つまり、「精神障害の発病は、業務上の事由によるものとは認められない」という判断が確定したのです 。

なぜ、セクハラやパワハラの主張があったにもかかわらず、業務外と判断されたのでしょうか?

なぜ「業務上の災害」と認められなかったのか?

精神障害の労災認定は、厚生労働省が定める「心理的負荷による精神障害の認定基準」に基づいて判断されます 。

ポイントは、発病前おおむね6か月間 に「業務による強い心理的負荷」があったかどうかです。この「心理的負荷」の強度は、客観的に「強」「中」「弱」で評価されます。

1. 認定されたハラスメント行為

審査会は、職員が主張したハラスメント行為について、関係者の証言などを詳細に調査しました。その結果、以下の行為は「セクハラに該当する」と認定されました。

  • タクシーの中で上司Gから手を握られたこと
  • マウス操作中にGから手を重ねられたこと
  • Gが同僚に対し「(請求人)さんはほっとけない、俺がいないとー」と(請求人を意識した)性的発言をしたこと

一方で、職員が主張した「ポロシャツの裾を引っ張られた」 や「報復的なハラスメント」 については、「客観的かつ信ぴょう性のある資料がない」として、心理的負荷の評価対象とはされませんでした

2. 心理的負荷の総合評価は「中」

審査会は、認定した上記のセクハラ行為 について、心理的負荷の強度を評価しました。

結果は「中」と判断されました 。

(審査会の判断の要点)
認定された行為 は、認定基準の「セクハラを受けた」(強度は通常「II」=「中」程度)に該当する 。
しかし、胸や腰などへの接触には及んでおらず 、請求人(職員)が拒絶した後も継続して行われたものではない 。また、数秒程度の接触であり、執拗に繰り返されたものではない 。
したがって、総合的に評価しても心理的負荷は「中」である 。

原則として、精神障害が労災認定されるには、心理的負荷の総合評価が「強」である必要があります。今回のケースは「中」と評価されたため、「業務上の事由によるものとはいえない」と結論付けられました 。


【最重要】会社の対応はどう評価された?

中小企業の経営者・担当者様にとって、最も注目すべきはここからです。

職員は「セクハラの苦情相談をしたのに、会社が速やかに事実確認をせず1年以上放置した」とも主張していました 。

もしこの主張が認められれば、認定基準の「会社がセクハラを把握していても適切な対応がなく、改善されなかった場合」に該当し、心理的負荷が「強」と評価される可能性がありました 。

しかし、審査会は会社の対応を「適切だった」と評価しました。

会社の「適切な対応」とは?

審査会が認定した事実によると、会社(上司IおよびH)は、以下の対応を取っていました。

  1. 事実確認と厳重注意:
      相談を受け、加害者とされるGに事実確認を実施 。Gは事実を否定したが、「請求人(職員)に誤解されることをしないよう」注意を促し、厳重注意を行った 。
  2. 被害者への報告:
      Gに厳重注意したことを請求人に報告した 。
  3. 継続的なフォローアップ:
      その後も請求人に対し、厳重注意後の状況を確認していた 。

特に重要だったのは、その後のフォローアップの際、請求人自身が「その後大丈夫です。ありがとうございます」「(厳重注意以降)改善しているので、このまま勤務を続けたい」と述べていたことです 。

これらの対応は、「事業場セクハラ防止ハンドブック」に則ったもの であり、会社が「適切な対応をしなかった」とはいえない、と判断されました 。

中小企業がこの事例から学ぶべき3つの教訓

この事例は、ハラスメントの労災認定が非常にシビアに判断されることを示すと同時に、中小企業が取るべき「守りの経営」のヒントを与えてくれます。

教訓1:「グレーゾーン」でも放置しない(事実確認と注意)

今回のケースでも、加害者とされる上司は事実を否定しています 。中小企業では「言った、言わない」の水掛け論になりがちです。

しかし、会社はそこで調査を止めず、「誤解を招く行動」について厳重注意を行いました 。事実が確定できないグレーゾーンであっても、相談があった事実を真摯に受け止め、「予防的」な指導・注意を行うことが、会社の安全配慮義務の履行につながります。

教訓2:相談後の「フォローアップ」が命運を分ける

最も重要なポイントです。会社が「注意しました」で終わらせず、相談者(被害者)にその後の状況をヒアリングしていたことが、結果的に「会社は適切に対応した」という客観的な証拠になりました 。

相談者から「改善した」「大丈夫だ」という言葉を引き出しておくことは、万が一の際の強力な「お守り」となります。

教訓3:「対応記録」を必ず残す

職員の主張の多くが「客観的証拠がない」として退けられました 。これは、裏を返せば「会社側も対応の記録を客観的に残すことが重要」だということです。

  • いつ相談を受けたか?
  • 誰にヒアリングしたか?
  • どのような指導・注意を行ったか?
  • その後のフォローアップで、相談者は何と述べたか?

これらの記録が、労務トラブルや労災認定の場で会社を守る防波堤となります。

ハラスメント対策は「予防」と「初期対応」がすべて

今回の事例では、会社が(結果的に)適切な初期対応とフォローアップを行っていたため、労災認定(=会社の責任)を免れました 。

しかし、一歩間違えれば、心理的負荷「強」と判断されていた可能性も十分にあります。

「うちのような小さな会社に、ハラスメントなんて…」 「ルールを作っても、どうせ機能しない」

そうお考えの経営者様もいらっしゃるかもしれません。ですが、対策を怠った結果、貴重な従業員がメンタル不調で休職・退職し、さらには労災や損害賠償請求に発展した場合の経営的損失は計り知れません。

ハラスメント対策は、事が起きてからでは遅すぎます。

✅ 相談窓口は明確になっていますか?(形骸化していませんか?)
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